タロットの聖杯の8の祈り

皆さま、こんにちは。占いヴェルニ専属占い師の絃生(けんせい)です。
今回は、タロットカードの「聖杯の8」をテーマに、手放すことの意味や、新たな一歩を踏み出すための心の在り方についてお話ししたいと思います。
このカードが伝えるメッセージを通して、皆さまの心に新たな気づきや希望をお届けできれば幸いです。どうぞ最後までお付き合いください。

タロットの聖杯の8には、不思議な寂しさがあります。
八つの聖杯がきれいに積まれているのに、一人の人物がそれに背を向け、杖をついて山の向こうへ歩いていきます。聖杯は倒れていません。壊れてもいません。それなのに、なぜこの人は去っていくのでしょう。

◆聖杯の8が答える職場の相談

こんな職場の相談があります。一生懸命働いてきた。仕事そのものは嫌いではない。一緒に頑張ってきた仲間もいる。でも、何年働いても評価されない。上司との関係にも疲れた。朝、会社へ向かうだけで気持ちが重くなる。

転職したほうがいいのでしょうか。
カードを開くと、聖杯の8。

辞めなさい、という意味でしょうか。私は必ずしもそうは思いません。八つの聖杯を見てください。歩き出した人物は、それを蹴り倒してはいません。自分が積み重ねてきたものを壊してから出発する必要などないのです。この会社で学んだこと。助けてくれた人。失敗したこと。嬉しかったこと。恋の思い出もあるかもしれない。それらは八つの聖杯として、ちゃんとそこにあります。

◆聖杯の8が答える恋の相談

恋でも同じです。最近、彼から連絡がありません。私から連絡すれば返事は来ます。
でも以前とは違います。もう私のことを好きではないのでしょうか。諦めたほうがいいのでしょうか。そんな相談で聖杯の8が出ると、どうしても不安になります。彼が去っていくカードに見えるからです。

マルセイユタロット

◆シューベルトの《アヴェ・マリア》

鑑定で聖杯の8が現れると、私はシューベルトの《アヴェ・マリア》の物語を皆さんに語ることがあります。誰もが知っているこの美しい曲は、もともと教会の典礼のために作られた《アヴェ・マリア》ではありません。1825年、シューベルトは、スコットランドの詩人ウォルター・スコットの長い物語詩『湖上の美人』のドイツ語訳をもとに、七つの歌曲を作曲しました。今日《シューベルトのアヴェ・マリア》として知られているのは、その六曲目、《エレンの歌 第3番》です。今日は、この七つの歌を物語の順にたどりながら、一曲ずつタロットカードを重ねてみましょう。アヴェ・マリアの前後に、どんな物語があったのか。それを知ると、聖杯の8の見え方が、きっと変わります。長くなりますが、おつきあいください。

◆物語のはじまり 湖の島の娘

舞台は16世紀のスコットランド。高地の静かな湖、カトリン湖です。鹿狩りの途中で仲間とはぐれ、馬まで失った一人の騎士が、湖のほとりにたどり着きます。ジェイムズ・フィッツ=ジェイムズと名乗るその騎士を、小舟で迎えたのが、湖の島に住む娘エレンでした。
エレンの父ダグラス卿は、かつて王の重臣でしたが、今は王の怒りを買って追放され、娘とともに身を隠しています。エレンには、心に決めた青年マルコムがいました。一方、この地の荒々しい氏族の長ロデリックは、エレンを妻にと望んでいます。一人の娘と、彼女を想う二人の男性。そして、素性の知れない騎士。物語は、ここから動き出します。

◆第1曲・第2曲 エレンの歌「憩え、戦士よ」「憩え、狩人よ」――剣の4

島の館で、疲れきった見知らぬ騎士のために、エレンはハープを奏でて歌います。戦いはもう終わりました。眠りなさい。夢の中にまで、戦の音は届きません。そして続けて、狩人よ、今日の狩りは終わりました、今は休みなさい、と。剣の4には、剣を掲げたまま、静かに横たわる騎士が描かれています。戦いのあとの休息、心と体を立て直す時間のカードです。
この長い物語は、「休みなさい」という、やさしい歌から始まるのです。

◆第3曲 舟歌「勝利の人が近づく」――ワンドの6

騎士が島を去った翌日、湖の向こうから、大勢の漕ぎ手を乗せた舟が近づいてきます。氏族の男たちが声を合わせ、長ロデリックを讃える勝利の歌を歌っているのです。男声合唱で力強く歌われるこの舟歌には、月桂冠をいただいた騎手が、人々の歓声の中を進むワンドの6が重なります。勝利、称賛、誇り。けれど、その誇り高い長が島を訪れたのは、エレンに求婚するためでした。父ダグラスは、娘の心がマルコムにあることを知っていて、
その申し出を断ります。どれほど讃えられる人でも、手に入らないものがある。舟歌の華やかさの陰で、ロデリックの恋は、ここで行き場を失っていたのです。

◆第4曲 コロナック(挽歌)「彼は去った」――聖杯の5

王との戦いが近づき、ロデリックは氏族を呼び集める「炎の十字架」を各地へ走らせます。その知らせは、一族の長老ダンカンの葬儀の場にも届きます。女たちの合唱で歌われるのは、山を去り、森を去った人を悼む歌です。夏に涸れた泉も、雨が降ればまた満ちる。
けれど、あの人に明日は来ない。倒れた三つの杯を見つめて立ち尽くす聖杯の5は、喪失と悲しみのカードです。でも、この人物の背後には、まだ倒れていない二つの杯が残っています。悲しみのさなかにも、失われていないものがあるのです。

◆第5曲 ノーマンの歌「今宵の寝床はヒースの野」――ワンドの騎士

炎の十字架は、ある村の結婚式にも届きます。花婿ノーマンは、式を挙げたその日に、花嫁メアリーを残して戦いへ向かわなければなりません。今夜の寝床は荒れ野のヒース。嵐の中でも、思うのはメアリーのこと。勝って帰ったら、そのときこそ、若い花嫁とともに穏やかな夕べを過ごそう。情熱のままに馬を駆って旅立つワンドの騎士。愛を胸に抱いたまま、それでも出発しなければならない人の歌です。

◆第6曲 エレンの歌 第3番「アヴェ・マリア」――聖杯の8

戦いを前に、エレンは父とともに、山中の岩窟に身を寄せています。その近くに、戦いへ向かう前のロデリックがやってきます。エレンを愛しながら、その心が自分にないことを、彼は知っています。ロデリックは、自分の恋を断ち切ろうとします。けれど、心はそう簡単には従ってくれません。彼はエレンの姿を見ないようにします。それでも、その声から離れることができません。やがて、静かにハープが響き始めます。そしてその弦の響きに、一つの声が重なります。詩人スコットは、それをエレンの声なのか、それとも天使が歌っているのか、と描きます。そして、祈りが始まります。

アヴェ・マリア。
私たちがよく知っている、あの旋律です。

エレンが祈っているのは、すべてを自分の思いどおりにしてください、ということではありません。自分たちは追われています。人々から追放され、蔑まれています。ここは安心して眠れる場所ではありません。それでも、あなたに守られているなら、朝まで安心して眠ることができるでしょう、と祈ります。
そして第二節では、さらに美しい祈りになります。いま自分たちが横たわらなければならないのは、冷たく硬い岩の上です。けれど聖母の庇護がそこにあるなら、その硬い岩さえ柔らかな寝床のように感じられるでしょう。薄暗い岩窟の重い空気さえ、聖母が微笑んでくれるなら、香りに満ちた空気に変わるでしょう。

そして第三節。大地や空気に潜む恐ろしいものも、聖母の前から去っていく。だから私たちは、自分たちに与えられた運命に静かに身を委ねます。そしてエレンは最後に、自分自身のためだけではなく、父のために祈ります。ここで歌が終わります。
しかし、物語は終わりません。最後のハープの響きが消えても、ロデリックは動きません。
剣にもたれたまま、まだエレンの声を聴いているかのように立っています。やがて時刻を知らされ、彼はようやく歩き出します。そして、つぶやきます。

これが最後だ。
これが最後だ。
あの天使のような声を聞くのは、これが最後なのだ、と。
そして彼は山を下り、戦いへ向かいます。その言葉は、本当になりました。ロデリックは戦いに敗れ、二度とエレンの歌を聴くことはなかったのです。私は、この場面を読むたびに聖杯の8を思います。背中を向けています。歩き出しています。けれど、愛したものを壊してはいません。去ることと、心がなくなることは、同じではないのです。

音楽と運命

◆第7曲 囚われの狩人の歌「わが鷹は止まり木に飽き」――剣の8

では、アヴェ・マリアのあとに続く最後の歌は、明るい未来の歌でしょうか。そうではありません。戦いのあと、エレンは父を救うため、王の都スターリング城を訪れます。そのとき、城の塔の窓から、一つの歌声が聞こえてきます。鷹は止まり木に飽き、猟犬は餌にも見向きもしない。馬はうまやで疲れ果て、私は囚われの身に倦んでいる。もう一度、自由に野を駆けたい。歌っていたのは、牢に囚われた、エレンの愛するマルコムでした。剣の8は、目隠しをされ、八本の剣に囲まれて立ちすくむ女性のカードです。身動きがとれない。出口が見えない。けれど、よく見てください。彼女を縛る縄はゆるく、足元は自由です。本当は、歩き出せる。ただ、今はそれが見えないだけなのです。

◆そして物語の結末 指輪と王――聖杯の10

シューベルトの歌曲集は、この囚われの歌で終わります。でも、スコットの物語は、ここから光に向かいます。実はエレンは、あの見知らぬ騎士から、一つの指輪を預かっていました。困ったときにこれを王に見せれば、どんな願いでもかなえてもらえる、と。スターリング城で、エレンがその指輪を差し出すと、目の前に現れたのは、あの騎士でした。フィッツ=ジェイムズと名乗っていたのは、身分を隠して旅をしていた国王ジェイムズ5世
、その人だったのです。王はダグラス卿を赦し、マルコムを牢から解き放って、エレンの手に委ねます。
聖杯の10は、虹のように連なる十の杯の下で、寄り添う二人と、踊る子どもたちを描いたカードです。家族の幸せ、心が満たされた状態を表します。湖のほとりで、疲れた見知らぬ旅人をもてなしたあの夜のやさしさが、最後に、父と恋人と、エレン自身を救ったのです。

◆聖杯の8が語る職場のこと

エレンの指輪を思い出してください。
あの夜、エレンはただ、疲れた旅人にやさしくしただけでした。その人が王だとは、夢にも思っていなかった。
今の職場で、あなたが誰かにかけた言葉や、そっと差し出した助けも、いつかどこかで、思いがけない指輪になって戻ってくるかもしれません。
あなたが職場を去るとしても、そのやさしさまで置いていく必要はないのです。

◆聖杯の8が語る恋のこと

好きだから離れることもある。でも、私は『湖上の美人』のロデリックを思い出します。
彼も去っていきます。恋を断ち切ろうともしています。それでも、最後の最後までエレンの声を聞いている。人は、愛情がなくなったから去るとは限りません。好きだから離れることもあります。今の自分にはどうすることもできず、距離を取ることもあります。仕事や家庭や立場によって、気持ちとは別の選択をすることもあります。ノーマンが、結婚式の日に花嫁を残して旅立ったように。
もちろん、待っていれば必ず戻ってくる、という意味でもありません。タロットは未来を一枚の写真のように固定するものではないからです。むしろ、聖杯の8の人物が歩いているということは、物語がまだ途中だということです。

◆過去・現在・未来に置いてみる

ここで私は、エレンの祈りの前後に別のカードを置いてみたくなります。

過去には、聖杯の6。
大切だった記憶があります。
あの頃は楽しかった、という気持ちがあります。

現在には、聖杯の8。
そこから、いったん離れます。
そして夜の岩場で立ち止まったとき、頭上に現れるのが星です。
星は、無理に相手を動かすカードではありません。
暗闇の中でも、自分の中に小さな光を失わないカードです。
それはエレンの祈りにも似ています。
岩を消してください、ではない。
敵を消してください、でもない。
この岩の上でも、眠れるようにしてください。

私は、そこがとても好きです。
そして、七つの歌と物語の全体を見渡すと、もう一つのことに気づきます。
休息の剣の4から始まり、勝利のワンドの6、喪失の聖杯の5、旅立ちのワンドの騎士、祈りの聖杯の8、囚われの剣の8。
そして最後に、聖杯の10。
聖杯の8のあとに、剣の8のような、身動きのとれない夜が来ることもあるでしょう。
それでも、物語はそこで終わりませんでした。
占いも同じなのかもしれません。
彼から連絡が来るようにすることだけが占いではありません。
嫌な上司を消すことも、明日突然すべての問題を解決することもできません。
でも、冷たい岩の上で眠れなくなっている人に、ここにもあなたが身体を横たえられる場所がありますよ、と伝えることはできる。
そして朝になったら、もう一度歩き出せるかもしれません。

◆聖杯の8を引いた夜に

シューベルトは、そんなエレンの祈りに旋律を与えました。
その旋律はやがて物語の枠を越え、世界中で《アヴェ・マリア》として親しまれるようになりました。
一人の女性が岩の隠れ家で歌った祈りが、二百年ほどたった今も、人生の途中で立ち止まった人たちに歌われ続けています。
聖杯の8を引いた夜。
それは終わりの夜とは限りません。

八つの聖杯を壊さずに置いて、少しだけ遠くへ歩いてみる夜なのかもしれません。
そして山道のどこかで振り返ったとき、自分が本当に探していたものに気づく。
去ることは、愛さないことではありません。
離れることは、これまでの人生を捨てることでもありません。
ときには、大切なものを大切なまま残して歩き出すことが、次の物語を始めるために必要なのです。
もし今、職場や恋で、もうここにはいられない、と感じているなら、八つの聖杯を無理に倒さなくてもよいのです。
あなたが大切にしてきたものは、そのままでいい。
そして今夜だけは、エレンの《アヴェ・マリア》を聴いてみてください。
硬い岩のように思えていた場所が、ほんの少しだけ、あなたを休ませてくれる場所に変わるかもしれません。

この記事を書いた占い師さん

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また私の家系は、神武天皇の皇子・神八井耳命(かむやいみみのみこと)を祖とし、「八つの井戸の水」を清め守り、霊的な声を聴く「耳」を受け継いだと伝えられています。
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